学会 in 東京

先週久しぶりに東京に行ってきました、有楽町の東京国際フォーラムで開催された学会で発表するためですが、毎度のことながら人の多さには圧倒されます。がしかし東京に住むということは体にとってよいことかもしれません、ちょっとしたお店に入るには列を成して延々立って並びますし、ともかく歩きます、しかも田舎より早足です、交通網が恐ろしく発達していて何処に行くにも公共機関、電車、地下鉄ですが、その乗り継ぎや駅から目的地までは早歩きです。田舎の生活では貧弱な公共交通網はあるものの車が無ければどうしようもない一面があり、ドアtoドアです、しかもちょっとでも目的地に近いところに車を停めて、コンビにでもお店入り口のすぐ前がみんなのねらい目です。
この街は何時来ても何処かしこ新しいビルが建設中です、常に好景気です。そして地方は財政破綻。何処に住んでいる、どの人たちが、誰のために、何時までこのシステムを押し通すんでしょうね?日本の中でも特異点になってしまったこの街からはこの国を見渡すことは不可能なようです、というか「日本?関係ねーよ!」って声が聞こえてきそうです。
さて今回の学会、僕も発表しましたが、いろんな人の発表、講演を聞き、また、運よく著名な先生方と話をすることができ、多くのアドバイスやヒントを得ることができ、仕事(お勉強)に対するモチベーションをさらに引き上げることができ、大変有意義でした、この学会での発表は数年前につぎ2回目ですが、毎回いろんな刺激があって身が引き締まります。

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# by watdent | 2008-06-19 08:47  

暖かくなってきましたが、、、。

d0135445_010642.jpg 先日暖かな陽気に誘われて南阿蘇グリーンロードを散策しました、阿蘇ミルク牧場側から入ってゆっくりと久木野まで行き、久木野側の展望所(丁度アスペクタの裏になります)で一休みしてまた折り返し熊本市内に向けて同じ道を帰ってきましたが、帰り道の途中上り坂のカーブしたところで人影を発見、このあたりで歩行者はまず見かけません、咄嗟に交通事故であると判断しました。道路の左脇にバイクを停め、状況を把握、どうやら二輪車の単独事故で僕は第3発見者のようでした、二十歳過ぎぐらいの青年でしたがすでに自分でヘルメットを外していましたし、どうやら右ひざが最も重症なようで下半身側溝にはまったままで動かせず、ずいぶん痛がっていましたが、明らかな偏位も無く、意識もはっきりしており脈も正常、出血もなし、内出血を疑わせるような所見は着衣の上からは見られませんでした。きちんと革のライディングスーツを着用していたのも軽症で済んだ理由かもしれませんが、残念ながら運動靴はマズかったようでした。バイクはかなり酷く壊れていましたが、本人が言うにはスピードが出すぎていたせいでカーブでバイクが滑ってしまい、ガードレールに叩きつけられたのだそうですが、もうちょっと場所がずれていたら谷底に落っこちているところでした。程なく救急車が到着して、居合わせたみんなで協力して担架に乗せて救急隊員の方に委ねました。バイクは爽快ですが常に安全マージンをとっておかないと怖いですよね。早く回復されることをお祈りします。
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# by watdent | 2008-06-11 22:51 | その他  

私の体重人生その2

 大学卒業後、矯正の医局に残り4年間を過ごしました、その間体重変動はさほど無く(ダイエットを試みるも毎回挫折)70キロをキープ、ただ学生時代と違い目上の方々との付き合いやゴルフ場など中年の方々と自分を見比べて「まーだ良いか」と油断していました。
医局生活4年をすごした後熊本に帰り、父の医院を手伝うことになりましたが、このとき仕事は忙しくなったもののおなかがすかなくなったのを感じました、やはり大学病院の広いスペースを歩く日々と、狭い診療室のなかをうろうろするのとでは運動量が違うんでしょうかね、このころは体重の変化はあまり無かったんですが体形が徐々につきたてのお餅のようにしまり無くでぶっとつぶれてゆくみたいな感じがしていました。ところがそれもしばらくで慣れてくるとまたもやきちんとおなかがすくようになりました。そのころからまたぼちぼち太り始めてきたわけですが、数年後の結婚を機に加速度的に太り始め、途中毎日1500メートルの水泳をする日が半年ほど有り、7〜8キロの変動はあったもののその後見事にリバウンド!結婚約10年で人生最大の体重83キロをマークすることになったのです。そんなある日、持病の腰痛が今ひとつ調子悪かったものの遠来の友人と無理してゴルフをしました、体を動かすと痛みも引くだろうとタカをくくっていたのですが、ラウンドが進むにつれてだんだんと痛みが増してきました、もう途中でリタイヤした方が良いんじゃないかな〜と思いましたがどうにか無理してホールアウトしました、しかしその時はすでにまっすぐ立っていられないほどに症状は悪化していたのです。馬鹿な話ですがゴールデンウイークの初日と言うこともあり「まあ何とかなるさ」と思っていました。ところが一晩明けてもいっこうに治まらず、患側の下肢の運動が制限され、立っていると普通に立っているつもりなのに片方の足の筋肉に力が入らず体が揺れ動、きめまいのような錯覚さえ感じるようになりました。これはまずいなということで同級生の整形外科医に相談し、翌日から通院することにしました、1〜2日は仕事を出来ずに寝付いていましたが数日後にどうにか歩けるまでに回復し、手術は免れ保存的治療をして行くことになりました。
元々腰が弱かったのに大学時代ラグビーで完全に壊してしまった腰椎に今の体重は大きな負担になっていることでしょう、だって60キロの頃と比べて常に20キロのダンベルを抱えて生活しているのと一緒なのですから、そういうわけでやっと決心しました、ダイエットです。(83Kg)
次号へ続く
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# by watdent | 2008-06-11 22:42 | ダイエット関連  

スーパーウーハー登場

先日から当院診療室にスーパーウーハー(ウーパールーパーではありません)が登場しました、もともとは改装のときBOSEのスピーカーを設置しようと思ったんですがオーディオ屋さんのお勧めでJBLの4311Mという小さなスピーカーを設置していました。しかしながらいつも小さな音でしか鳴らさないのでなんとも頼りない音になってしまい、どげんかせんといかんと思っていたところでした。効果は、まあ少しはしまった音になったかなーといった程度です、なんせ小さな音ですから仕方ありません。しかし低音は面白いもので小さな音で鳴らしてるつもりでも思いがけず遠くで響いていたりします、診療室ではスタッフみんなあまり気にならない音なのに2階の技工室にはけっこうしっかりとしたd0135445_11244630.jpg音が響いてくるようです、波長の長い音の特性なのでしょうか。
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# by watdent | 2008-05-01 11:27  

私の体重人生その1

私の体重人生その1
もともと小学校時代などは大変食が細く、給食時間にもいつも最後まで残って食べる(この時代私の周りでは給食は完食が義務でした)というありさまで、痩せ型で背も低くもちろん体重も軽かったわけで、それもあってか当時は鉄棒遊びばっかりする毎日でした、ともかく食べるのが遅く、もちろん食に対する興味はほとんど無く1日3度の食事が面倒だと思うほどでした。当時肥満気味の弟がおやつにハンバーガーを食べるのを見てその意味が理解できませんでした(なんでわざわざ煩わしい食事の回数を増やすのかと思っていたのである)。
その後も中高と背丈は標準になったものの、食事量は少なめだったように思えます、(ただし家庭内での比較ですが)18歳から24歳(大学生時代)60キロ 大学に入り部活などもするようになり食事のスピードと量が顕著にアップしましたが、この時代はどんなに食べてもどんなに飲んでも全く体重変動がありませんでした、いま思えばかなりの大食漢だったと思います。私は大学に入るまで両親と弟の4人暮らしだったのですが、どうやらこの家庭の標準値は一般的な家庭の標準値とは若干ずれていたようです。たとえば食べる量においては実は同級生の中ではどちらかと言えば大食い部類でしたし、家庭ではいつも猫舌ということになっていたのにもかかわらず誰と食事をしても「そんなに熱い物よく食えるな~」と言われることはたびたびでした。一時ボクシング(世間的にはボクシングごっこ)などをしており、そのときは60キロから53キロまで減量をしていました、最初の5キロは一週間で落ちますがあとの2キロはなかなか落とすのが大変でした、まず水を飲まない、水分を減らして体重を落とすわけです(若いから良い様なもののその結果血液どろどろ、虚血性疾患をおこしそうですね)水分を取らずに毎日運動を続けていると汗の量が極端に少なくなります、本当に体に悪いことをしていました、試合が終わってまた水分を普通に摂るようになると瞬く間にもとの体重に戻りますこれはダイエットと呼べるものじゃあなかったと思います、ただ、後々いつでも一週間あれば5キロ落とせると間違った認識をしてしまう素になりました。
大学卒業前の半年間は朝11時に起床、そして次の朝5時就寝、まさに食事とトイレ以外は勉強!と言う日々を送りました、風邪をひいてはいけないと栄養を十分にとり、1日4食取っていました、特に4食目の朝5時の晩酌?朝酌?は当時唯一の楽しみでした。おかげで半年後には優秀な成績とプラス10キロの体重を獲得したのでありました。(70キロ)
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# by watdent | 2008-04-11 18:51 | ダイエット関連  

救急蘇生講習会に参加して(AEDをより有効に使うため)

去年より当院にはAEDを設置しています、そのせいと言うわけではありませんが以前より救急蘇生の王道とされている「AHAのプロバイダーコース」というのが気になっていました、インターネットで調べるとAHA→アメリカ心臓病協会(American Heart Association)の基準に準拠した一次救命処置(上位に二次救命もあり)のトレーニングコースで、医療職向けにはBLS一日コースというのがあり、熊本では日赤に本拠を置き、インストラクターは医師、看護師、救急救命士など多彩であること等がわかりました、機会が有れば受けてみたいと思ったものの、誰も一緒に受けてくれそうにないなとも思って先延ばしにしていました、ところが先日口腔外科学会主催でのコースが近場で開催されることになり、この機会にぜひこれを受講してスキルアップを図らねばということになりました。
さて当日朝9時開始、遅刻厳禁とのことです、さわやかなお天気の休日早朝からの研修会はいつもちと気分的に重たいものがあります、事前に届いた資料から30名ほどが受講し、医師、歯科医師、衛生士、教師などこれまた多彩なメンバーである事が解っていました。まあ今日一日講師の話を聞きながらワープロでメモをとりつつ時々昼寝かな〜などと思っていたのですが、会場のホールに足を踏み込むと、その甘やかな考えは一瞬で打ち消されました、机が有りません、、、。そしてたくさんのお人形が並んでいます、どうやら実習主体のハードな一日になりそうです、もともとこのレサシアン(救命救急練習用のお人形)を使ったトレーニングは学生時代を始め何度か体験したことがあり、ひととおりの事は出来るつもりでしたが、今回のトレーニングではこれまで思い描いていたものと大きく異なる新しいものを発見するというよりもおぼろげに理解していたことが輪郭くっきりとエビデンスをつけて理解することが出来たというのが実際の所です。それとここに集まった講師やインストラクター、サポートメンバーはこの一次救命処置の普及に強烈な情熱をもって取り組んでいるというのが大変印象深く思えました。
一日の講習の締めくくりに実技試験があり、各動作の動きとその理由を理解でき大変ためになりました、この実習試験はなかなか難しいものでしたが、その内容は多くの人が一度はやったことがある「患者の意識の確認、救急車とAEDの要請、呼吸の確認、人工呼吸、脈拍の確認、胸骨圧迫による心臓マッサージ」の一連の作業だけです、ちょっと自動車学校の実技試験みたいな雰囲気です、その後最終の筆記試験があり、この成績はアメリカのAHA本部に送られるとのことでした。(もちろん無事クリアすることが出来ました)
講師の先生は人工呼吸用のポケットマスクをいつも携帯していて、年に数回、例えば去年は4回使う機会があったとのことでした(つまり去年一年、プライベートな時間に4回も呼吸停止状態の人と対峙したというわけ)、「え〜そんなに〜?」の声に「注意していれば必要な機会は結構あるもんです」との話でした。
急峻な心停止に対してBLS(一連の心肺蘇生処置)が大変有効なことは証明されているようで、一刻も早い処置がその後の予後を大きく左右するようです、
アメリカでは以前AEDさえ多数設置すれば救命率は上がるだろうとの予測のもとに全国にAEDを多数設置しました、しかしながらその結果はほぼ効果なしとのデータでした、そこで国民に救急蘇生についての啓蒙を行ったところ有意に救命率が上がったとのことです。
先日あるところで読んだお医者様向けのアンケート「飛行機や列車の中でのドクターコールに対して名乗り出ますか?」に対する「名乗り出る」という回答が34%と随分少なかったのに比べるとこのインストラクターの先生たちのモチベーションには頭が下がる思いです、そして僕もそんなモチベーションを持たねばならんと思いました、もし僕自身が飛行機の中で不幸な事態に陥ったとして、ラッキーにもお医者様が同乗していたとしても3名に一人しか助けに来てくれないわけですが、このインストラクターの先生方ならばすぐに飛んできてくれそうです、今回目の前で倒れた人は他人かもしれませんが、次に倒れるのはあなたかもしれません、ぜひ皆さんもこのような講習を受けられることをお勧めします。また、出来れば職場の皆さんやご家族の皆さんも受けていただければあなたご自身の「もしも」にも確実に対応できるかと思います。一般の方向けにはAHA ハートセイバーAEDコース(半日)というのが用意されていますのではじめはこちらの受講をお勧めします、受講ご希望の方はインターネットで「日本ACLS協会」をご覧になるとくわしい説明をご覧になれますし、同様な講習を最寄の消防署でも受けることが出来ますのでぜひ問い合わせてみてください。
Ps、昨日の新聞によると京都大や大阪の救急専門医の調査で、救急蘇生時に心マッサージだけ行った場合と人工呼吸を併用した場合では受傷者の一年後のQOLに変化はなかったそうです、これを受けてADAも調査を進めるそうです(毎年調査してるみたいですけど)。ある意味医療の基礎でありながら同時に医療の最先端ですね。
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# by watdent | 2008-04-06 15:37 | お口の健康  

歯科を受診なさる方へ

少し前から歯科ではビスフォスフォネートに関する話題がよく登場します、ビスフォスフォネートとは骨粗鬆症や、その他の疾患に対して血中のカルシウム濃度を調整するために用いられる薬ですが、この薬を使用中の患者さんに歯科や外科で顎骨に対する観血的処置をした場合に急激で広範な骨破壊を惹起する恐れがあることが分かりました、その機序はいまだにはっきりと解明されていませんが、現段階では可及的に観血処置を避けることが重要であるといわれています。医科の先生方にはこの薬を使っている患者さんに対しては歯科にかかるときには必ずこの薬を使っている旨告知するように指示してくださいとお願いしてあるようですがなかなかご自分で言ってこられる方はいらっしゃらないようです。
このお薬にかかわらず歯科を受信する場合にもその時点でご自身が他の医療機関から処方されている薬や常用している薬については告知できるように準備をしておいてください。
問診するとたびたび「歯科の薬は飲んでいません」という答えが帰ってくることがありますが、「歯科の薬」なんてありません、医科で出される薬も歯科で出される薬も同じものですので、同じ薬剤の重複や一緒に飲まないほうがよい薬などもありますのでくれぐれもご注意ください。
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# by watdent | 2008-03-18 10:22 | お口の健康  

時代と共に

 先日僕たちの勉強会主催の講演会に出席しました、講師は東京表参道辺りでご活躍の審美歯科第一人者の先生でした、この先生の講演は毎年1〜2回聴いていますが、いつも申し分のない綺麗な症例を見せてくれます。我々のようにいろんな事情に治療のオプションを左右される臨床ではなくて、この先生の所に来る患者さんが求めるものは常に最高の結果、もちろん保健治療は一切なしという時間も機材も薬品、材料もベストなものを十分に使うという夢のようなスタイルです。芸能人や有名人の患者さんも多く、症例によっては顔写真を見せる事が出来ないケースも多々有りました。我々のような地方都市でも最近そういう風潮ですが、やはりど真ん中ではもうすでにメタルフリーが主流になりつつあるようです。メタルフリー、つまり金属を全く使わないということで、金属の代わりにセラミックやプラスチックを使うやり方です(インプラントは別にして)。10年ほど前からセラミックの適合性や操作性、強度が良くなってきて、ここ数年十分に臨床に使えるものが出てきました、またプラスチック系の材料も課題であった強度や吸水性の面で改善されつつあります。
最近当院でも「口の中の金属をすべて無くしてほしい」という希望の患者さんがぽつぽつおみえになるようになりました、さすがに金属が多く入っている口の中をすべてセラミックに置き換えると見違えるように綺麗になります、これもアンチエイジングと呼べるんじゃないでしょうか。
そういえば今日放送局から「アルミ箔を噛むと変な味がしたり歯がじーんとしみるのは何故ですか?」という質問が廻ってきました。この原因はアルミ箔だけのせいじゃなくて噛む歯に金属の修復物が施されていてしかもその歯の歯髄(一般には神経と呼ばれてますよね)が健康な状態の場合に、アルミ箔と歯の金属が唾液という電解質の中で電流を発生させることによるもので「ガルバニー電流」と呼ばれています。ですから健康な詰め物のない歯やセラミック、プラスチック等で治療された歯ではこの現象は起きません、ちなみに僕の口の中には亡き父が40年前に詰めてくれた金属が入っていますのでこの話はよくわかります。
時代と共にゆっくりではありますが歯科治療のスタイルも変わりつつあるようです(ただしここにも格差社会の陰が見え隠れするようですが)。
何時の日か僕も最高の結果だけを目指した幸せな臨床の日々が送れる事を夢見て日々研鑽に励むのでありました。
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# by watdent | 2008-02-22 23:30 | お口の健康  

アンチエイジングでもないんですが(完結編)

さて僕に付いてくれた先生は若いおじさん、スタッフの方々の中では最年長ですがもちろん僕より若い人でした、良かった、ほっとしました、もしここでうら若いお嬢さん先生に当たってしまいその子をこのいかんともしがたい頭で困らせる事になってしまったらどうしようと実は先ほどより内心心配していたところでした。
先生:「本日はカットでよろしかったですか?」
僕:「ええ、こういう難しスタイルですから先生の思われるようにどんなにでもして下さい、お任せします」
とのやりとりから一時間(いつもの床屋さんは20分でやってくれますが)梳き櫛にかかる毛の少なさに小さくなりながらも丁寧に扱って頂きました、「よく男の方もみえるんですよ、今日はおみえじゃないですけど、そーですねー3割ぐらいかな」とのこと、男の方かもしれないけどそうですよねジャニーズ系ならきっと違和感ないでしょうがね、と思いつつもいろいろと仕事の話やこの辺の昔からの変わりよう(その辺りのことは30年前ならば詳しかったんだけどもう街が全然変わっちゃって話の接点がどうにか見つかるくらいの年齢差だったようです)の話などをしながら楽しく過ごしました、しかし何かの都合でその先生が僕のところから離れると何だかすごく心細く感じ、両サイド、うしろからの好奇の目から見るとはなしに見られているようで緊張の連続でしたが、なかば過ぎごろになり少し慣れてきて開き直ってしまえばそれはそれなかなか快適なひとときでした。さてほぼ仕上がりに近づき、先生が鏡を手に「後ろはこんな感じで良かったですか?」と見せてくれました、良いも悪いもすべてお任せするのが最善との認識の元に座っていたわけですから「ええけっこうです」と返事をし、正面の鏡を見るとなかなか短くなった我が髪の毛に先生はムースをつけてなんだかくねくねと数秒いじっていました。するとどうでしょうその数秒のくねくねで「これが第一線の技術か!」と納得できるような期待以上のできあがりに仕上がったのでありました。
その日は何だか嬉しくなって鼻歌交じりで家に帰り「やっぱ都会は違うよなー」と家中に自慢し、お風呂にはいて早々に床についたのでありました。さて、あくる朝起きて鏡の前に立つと、なんとそこにはまるで昨日の魔法がすっかり解けてしまったように普通のおじさんが立っていたのでありました。はてさて昨日のあの仕上がりは、、、?思いこみと勘違いの成せる業だったのでしょうか?
end
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# by watdent | 2008-02-13 22:13  

アンチエイジングでもないんですが(その2)

さて何処に行ったものか、いつもはやたらと目に付く美容院ですが40もとうに過ぎたおじさんが行こうとするとなかなか敷居が高いものです。そこで最近の福岡に詳しい知り合いに電話して指示を仰ぎ、指定された地区でランダムに探すことにしました、まず一軒目、かなり都会的なしつらえの白とガラスを基調としたお店ですが、通りから見ると男性のお客さんがいるようです、これは心強い、思い切ってドアを開けましたが、予約がいっぱいで2時間待ちとのこと、しかも予想通りあまり友好的ではない雰囲気、断念しました。ややあきらめ気味にAppleショップなどをふらふらと見て廻ったところでふと見上げると通り向かえの2階にあるあまり派手そうではない美容院が目に留まりました、このままでは志半ばに帰ってしまいそうな気持ちのところを再度むりやり奮起し、思い切って2階へ上がるエレベーターに乗りました、まずはとりあえずお店の前をちょっと覗いてみて、、、。と思っていたところではありますが無情にもそのエレベーターのドアはお店の中、それも係の方が迎える受付カウンターのまん前で開いたのでありました。こうなったらもう後へは戻れません「いらっしゃいませ」の挨拶に緊張しつつも精一杯普通っぽく「ここはこんな風なおじさんもお願いできるんですか?」と聞いたんですがまあ「おやじは扱わんのじゃ!」とはいえませんよね「はい、男性のお客様もけっこうおみえになりますよ」とのこと、覚悟を決めて「それじゃーお願いしようかな〜」などと言いつつ結構広い店内を見回すとこぎれいなインテリアに若ーいスタッフの皆さん、そして大きな窓からはさっき向こうから見ていた天神西通りが見えます、美容院専用のシンプルで上品なな椅子にはみ〜んな女性のお客様、このようなシチュエーションに置かれた田舎から出てきたみすぼらしいオッサンは精一杯に取り繕う訳ですが、そうです、まずあまりきょろきょろしてはいけません、ほかのお客さんをじろじろ見るなんてもってのほかです、なるべく小さくなって目立たなくする、声は大きすぎず、首を前に突き出さないであごを引く、などなど第一級非常事態対応の心持ちで自分の順番を待ったのであります、空気のように。つづく
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# by watdent | 2008-02-04 23:24